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2005年 01月 31日
反復練習平標山3度目
平標山 ヤカイ沢滑降 2005年1月29日土曜日

 この2週間に3度目の平標山である。しかもヤカイ沢滑降。中4日での出動だ。野球の投手の先発ローテーションじゃあるまいに。立て続けに、3度目ともなればそろそろ飽きても良さそうな頃だが、ぜんぜんそんな気配なし。他の人がどうだか知らないが、以前から私には同じ山域に続けて出かける傾向がある。

 何事においても新たに技術を習得するにあたっては、反復練習は欠かせない。期間を空けずに同じ平標山へ登ったことは、それもほぼ同じコースで、まさに反復練習になっている。

 平標山は山スキーのコースとしては大してレベルの高いものではないようだ。登りに特別ハードな箇所はないのだが、それでも傾斜のキツイ場所がないわけではない。また雪質も標高やロケーションによって変化に富む。だからこれを繰り返し登ったことは、私には良い反復練習になったに違いない。

 滑降に関しては反復練習になってたのだろうか。残念ながらあまり上達していないような気がする。スキー滑降では反射的な身体の動作を学習しなければならないが、これは若い人のようにはいかない。ただし、周囲を観察しながら滑り方を考えて、様々な状況に対処する術をほんの少しは会得できたかも知れない。

 ヤカイ沢中央のバーンを滑降するつもりでいたが、ドロップインするポイントへは今回強風のため前2回のように普通に滑って移動できなかった。次善の策として、やむなく山頂南側からトラバースして入ることにした。これが少しばかりイヤぁーな感じで、笹の埋まった斜面はうかつに載ると簡単に踏み抜いてしまう。ちょっとした地雷原のようである。これらを避けながら斜滑降と横滑りを交えながら通過。ワリと上手くできた。ゲレンデでは有り得ないシチュエーションをまたひとつ体験できた。
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by w_bunz | 2005-01-31 16:53 | 雪遊
2005年 01月 29日
反復練習平標山3度目【速報】
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by w_bunz | 2005-01-29 21:51 | 雪遊
2005年 01月 25日
平標ならなんどでも
平標山 ヤカイ沢滑降 2005年1月24日月曜日

 勝手ながら平標山をマイコースに指定させていただきます。気に入りました。何度でも行きたい。こっちの方が神楽ツアーコースよりも百万倍も面白い。だいたい自分の脚力で登るってのが最高。いやいや、これが重要ポイント。リフトで上がるなんてヤボな事は・・・・・「登らざる者、降るべからず」です。

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 写真はヤカイ沢の全景。赤線が19日(水)、緑線が24日(月)に滑降した場所。このヤカイ沢だけでも、他にまだまだ滑れそうなところが多数見受けられ、「何度でも行ったる」という気になる。そして、こっち側だけでなくあっち側にもヨサゲな斜面がイロイロと。よだれが垂れるよ。

 今回、24日(月)の山行はもちろん最高に良かったのだけど、段取り的には19日(水)のそれとほとんど同じなので、詳しいレポートというか長ぁ〜い感想文は割愛します。でも、時間的には1時間以上早く登れた。やはり、トレースの有無、雪の締まり具合でぜんぜん違うのは自明の理というヤツでしょう。それに2度目は要領も良くなるってモノかな。さあて、次はいつ行けるだろうか。楽しみだ。
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by w_bunz | 2005-01-25 21:58 | 雪遊
2005年 01月 24日
平標ならなんどでも【速報】
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by w_bunz | 2005-01-24 21:24 | 雪遊
2005年 01月 21日
江戸の仇は長崎で、雲取のリベンジは平標山
平標山 ヤカイ沢滑降  2005年1月19日水曜日

 念願だった平標山へ登ることができた。平標山は谷川山系西端(厳密にいうと谷川山系に含めて良いのかは知りませんが)、上越国境に位置する標高2000mに満たない山である。平標山のなだらかな稜線を見て、コレを女性的と表現する人がいる。山容を女性が寝そべっている姿や乳房の形になぞらえる人から見れば平標のそれは女性的なのかも知れない。女性に対する興味も尽きないものだが、なだらかな山容は山岳滑降系スポーツ愛好家にはたまらんモノがある。年末に田代スキー場から見た平標はまだまだ雪が不足気味だったが、その後の降雪で山スキーに程良い積もり具合になったようだった。

 先週まではけっこう忙しくしていたのに今週予定していた仕事がキャンセルされてしまい、仕事にあぶれた格好になった。一週間丸々空いてしまったのだが、同時に大幅収入減という切実な現実もあり遊んでばかりもいられない。望み薄の自宅待機を続けるのも楽しいもんじゃない。一日くらいは遊びに行こう。週のはじめから天気図とにらめっこ。確実に楽しめそうな一日を選んで日帰りツアースキーとしゃれ込もう、というワケである。

 例によって東京駅始発のトキで現地入り。タクシーで登山口へ、約7千円弱。高くついた。時間を金で買うということもあるが、ここ2−3日の降雪の状況など現地の生情報も得られたのでコレはタメになる。8時には国道脇の登山口標識の前に降り立つ。ここからは除雪のすんだ道路が続く。仕事できた(送電線巡視?)という二人組の男性は国道脇からシール歩行で登っていったが、私は除雪が終わるところ、別荘地の一番奥まで歩いてからシールを準備した。

 そこから先はいわゆる林道だ。緩やかに登り基調で歩を進める。橋を渡り右岸に移る。しばらく進むとゲートがあり、そこから左に分かれてヤカイ沢へと入っていく。スキーやボードのトレースが多数あり分かりやすくかつ歩きやすい。ヤカイ沢を横切る送電線の下を過ぎる頃、目の前には平標山の全貌が見えてきた。まだ山頂付近だけはガスにおおわれていてハッキリとは分からない。

 ある程度登って、背後に苗場山がよく見え始める頃、沢を離れて左岸の尾根に進路を取る。厳しい登りの始まりだ。ここまでは、(おそらく昨日ここを滑降した)ボーダーのトレースを利用して体力の温存を図ってきた。ボードって、そういうモノなのか、スキーと比べると中緩斜面ではほとんど真っ直ぐ降っている。ありがたい、助かる。ここからは、ほとんど自力でラッセルをしなければならなくなった。

 ところどころトレースは残っているが、ほとんど直登を要求されるようなもので、私の短小なスキーではシールが効かず登れない。しょうがなく自力でラッセル。スイッチバックしながら高度を稼ぐ。重い雪が幸いして足首がしっかり埋まる程度だったが、ターンが多いとやはり疲れる。沢の左岸の尾根に取り付いてからはかなりの傾斜に手こずって、先日傷めた腸頸じん帯も悲鳴を上げ始めた。

 きつい登りと柔らかく重い湿雪にウンザリし始める。ガスの切れ目に視界が開けると大源太山への稜線が見え始めた。1700m付近で稜線に出た。尾根の上に出ると風が強い。この日冬型は緩んでいて、日本海上の低気圧に向かって南風が吹いていた。尾根の上に出ると雪質が変わって歩きやすくなった。もっと早めに稜線に上がっておけば良かった。程良くウインドクラストしている感じ。しかし雪の下に笹などが埋まっている場所では、いわゆるモナカ状態で簡単に踏み抜いてしまう。

 山頂へと続く稜線は、麓から見た通りなだらかだ。幅も広い。ここを滑るだけでも満足できそうな斜面だ。ガスの切れ目に青く透明な空を背景に見上げる真っ白に輝くピーク、もうこの世のモノとは思えないくらい。山頂に着いたのは12時40分。念願かなって「チョー、キモチイイ」ってとこか。久々に予定通り目標の達成できた山行となった。

 さあて、ドコからドロップインするか。まずは山頂北側の鞍部まで降る。辺りを観察。木立のない広々としたすり鉢状のバーンに吸い込まれそうだ。 雪質も安定しているようだ。ど真ん中にどぉーんと飛び込む。脳内麻薬炸裂だぁ、といいたいところだがそんなハイな気持ちとは裏腹で、はじめはおっかなびっくり慎重な滑り。広いバーンを大きく横切ってみる。雪崩れる気配なし。あとはもう一気に降るのみ。時々写真を撮りつつではあるが。

 ひとしきり降りきって斜度が緩やかになってくると疎林が現れ始める。朝見たトレースに合流。これに従って進路を取れば良かったのだがトレースのない方へと進んでみた。だんだんと密になる木々に阻まれて進路を失う。ここでボーダーのトレースがナゼ左岸方向に向かっていたかを理解できた。正規ルート復帰を試みる。カニ歩きを交えつつ進路を左へ取って朝登ってきた道へ出る。上手くルートを選べば登り返すことなく行けたのに無駄なことをしてしまった。初めて降るコースにありがちなミスだ。

 林道に出て別荘地帯まで滑り降りるとそこからは除雪された道路だ。しかし除雪されていても路面は圧雪バーンになっていたのでそのままスキーで国道まで滑って降りられた。道端で帰り支度をしてバス停まで来てガックリ。バスの時間まで4−50分もあるではないか。のんびり片付けなんかしてる場合じゃなかった。これまた初めてのコースにありがちなミスだった。
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by w_bunz | 2005-01-21 01:20 | 雪遊
2005年 01月 19日
江戸の仇は長崎で、雲取のリベンジは平標山【速報】
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by w_bunz | 2005-01-19 22:16 | 雪遊
2005年 01月 03日
膝に痛み
 膝の痛みとは、もうずいぶんと長い付き合いになります。物心着く前からこの障害に悩まされていたので、といっても常に痛みがあったわけではないのだけど、人生の大半を膝に爆弾を抱えたような状態で過ごしてきたわけです。

 先日の山行で膝の痛みを再発させてしまいました。医師ではないので断定的にはいえませんが、「腸頸じん帯炎」と呼ばれる障害で、俗に「ランナー膝」といわれる症状のひとつです。実際ランナーであったときにこの部位に炎症を持つようになりました。この障害については以下のURLに分かりやすい説明があります

アシックスのスポーツ障害についてのウェブページ
http://www.asics.co.jp/apparel/yellowpage/

 腸頸じん帯に炎症を持つようになったのは、ちょろっとマラソンをやってた頃です。20代の後半くらいからかな。このようなスポーツ障害は、わずかばかりの身体のバランスの崩れが原因になることも多いようです。私は腰痛持ちだし。

 かかりつけの医師の診断によれば、私の膝関節は緩くてガタツキが大きくズレ易いので、「激しいスポーツには向いてない」のだそうです。これは死刑宣告みたいなものでした。少々落ち込みました。同時に、間接のまわりの筋力を鍛えることでズレによる障害を防げるとアドバイスされました。

 その後、痛めないように常に注意深い行動を心掛けつつ筋力のアップに努めていました。昨年には、もう膝の痛みとは無縁なのではと思うほど調子が良かったのですが、とうとう今回の山行でやっちまいましたね。残念。でも原因も対処法も分かっているので、あまり心配する必要もなさそうです。問題は年齢との戦いか、それが一番心配。
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by w_bunz | 2005-01-03 22:48 | 与太話
2005年 01月 02日
とうさい、ぶんざの夜討ち朝駆け【初日の出ツアー】
 なんてこった、新年早々。「一年の計は元旦にあり」といふが、一月一日から思いっきりの敗退とは。今年一年、先の思いやられる元旦となっちまった。

 年も暮れようという頃、関東地方にも立て続けに雪が降った。これはもしや、ムフフフフ。そう考えていたのは私だけではないようで、「近場でばふばふ」という発言もあった。大晦日真っ昼間からビールなど呑みながら新年のオホホホホな計画を練っている所にとうさい氏からメールが届く。そして急遽ではありながら予定通りの「御来光バックカントリーツアー、近場でばふばふ」の出動となる。

 計画の骨子は以下のようになる。奥多摩駅付近の駐車場にクルマをデポ。そこからMTBで鴨沢の雲取山登山口まで移動。鴨沢登り尾根から雲取山まで登り、御来光を拝む。同山頂からとうさい氏はボード、私はスキーで石尾根を縦走してドコまで行けるか。できればスタート地点まで戻って、完全な自力周回をなしとげたいな、と。

 現地への車中で日付が変り、車中で新年の挨拶を交わす。午前1時頃、デポ地をスタート。鴨沢への移動は自転車を使う。MTBだ。前日の積雪で道は厄介なことになってる。さすがにMTBのタイアはそこそこのグリップが得られ、除雪の十分とはいえない道路でも難なく走ることが出来た。しかし、スキーなど背負っている。重い。かなり重い。

 奥多摩湖への登りの道はキツかった。が、いったんダム上まであがると後は平坦な道を行くだけだ。滑りやすい雪道はいくぶん神経質なライディングが要求されるが、それを除けばクルマの来ることの少ない道は、会話が弾む分、気が紛れる。くだらない話もした。まだ走り出したばかりなのにもう成功した気になっていて、MLにポストしてみるかとか、ブログに書いてみるとか。極めつけはレポートのタイトル「とうさい、ぶんざの夜討ち朝駆け」。アホだ。結局のところ「幼稚浅知恵」になってしまったのに。

 鴨沢から登山口までは除雪されていない。ここでMTBはあきらめて歩き始める。ボーダーのとうさい氏はスノーシューで、私はツアーブーツでのツボ足で歩き始める。始めの内は快調にペースを上げて行くことが出来た。鴨沢からの登山道は前半傾斜が小さく多少の雪ならきわめてフツーに歩くことが出来るからだ。堂所を過ぎた辺りからか、ペースが上がらなくなった。標高を上げて頭上は開けている落葉樹林では雪が深くなる。深いといってもそれは中途半端。キックステップが決まらない。蹴り込むと岩にあたる事しばしば。ブーツの破損が心配。

 シールを使うのはもっと心配。あろう事か、新品卸したてのを持ってきてしまった。しかし、石尾根の稜線の見え始める頃、たまらずシール歩行に切り替える。大して深い雪でもないが、新雪のラッセルは堪えるモノだった。シールに変えていくぶん楽になったが、すでに大分脚を弱らせていたようだ。とうとう稜線にもたどり着かないうちに日の出を迎えてしまう。しょうがない。しばし御来光を拝む。

 ブナ坂に着いて、いったん稜線上に立つと防火帯で開けた尾根道は天然のゲレンデに見えなくもない。防火帯という時点で天然ではないのだが。弱った脚を気にしながら雲取山を目指す。それにしても気持ちがよい。新年早々好天に恵まれた。ぜんぜん元気なとうさい氏に徐々に着いていけなくなる。ときおり脚を休めるために立ち止まり写真を撮る。奥多摩小屋前を過ぎて急斜面を登り切ったところで私の脚は力尽きた。風も強く時間も押してきたことから雲取登頂は断念。ここから滑り始めようかということになる。シールを剥がして準備する。さあ、お楽しみの滑降だ。

 ガリッ、滑りはじめて最初に聴いた音がコレだ。イヤな音だ。次に聴いたのが、ガリガリッ。もっとイヤな音だ。心臓によろしくない。 積雪は十分のハズ、その前にも積雪があり根雪も付いていたのではと希望的観測に基づいての決行だった。一見たっぷり積もったパウダーの下は地面。やられた。根雪などドコにも着いておらず、スキーどころではない。とりあえずは奥多摩小屋前のテーブルを借りて昼休みにした。恐る恐る板の裏をみてみる。キズだらけ。萩原健一か水谷豊か。致命傷、板の内部に達する深手はないものの、見た目に再起不能。ブルーになる。自分を奮い立たせるために、「新しい板を買う理由が出来た」と口走ってみたが、余計にブルーになる。

 ブナ坂まではガリガリいわせながらも滑れる場所を選びながら来た道を戻って来ることができた。コレはそれなりに楽しかった。我が家からこんな近い山域で雪遊びができるのは滅多にないことだ。とうさい氏と私はその山暦にちなんで自分たちを「奥多摩滑り団」と呼んでいる。

 ブナ坂からは再び登り返す。七ツ石山へ向かう。この登りはかなり急だ。無雪期ならどおって事ないのだがもう脚がダメなんです。膝の痛みが限界にきた。痛くて脚が上がらない。激痛というほどではない。激痛ならば悲鳴をあげるかションベンちびるに違いない。でも痛くて歩けない。七ツ石からの下りは岩が多くスキーは使えない。重いツアーブーツではシンドイと考えてトレッキングシューズに換えた。多少はマシになる。

 山頂から降りきったところ、七ツ石小屋の分岐で先行していたとうさい氏が待っていてくれた。私の脚に見るに見かねて鴨沢への下山を提案してくれた。同意。気を遣ってもらってアリガトウございました。しかしここからが大変だった。普通でも下山の方が脚の負担は大きい。膝の痛みはもう限界。雪が着地の衝撃を少しは吸収してくれるが、その分足下は不確かなものとなる。クランポンを装着。多少はマシになる。

 それにしても長い。この道は長い。痛む脚をダマシダマシ行く。泣きたくなるが、泣いたところで下山できるわけではない。泣いて下山できるならいくらでも泣いてやるさ。小休止をはさみながら幾度となく決心して立ち上がる。痛みに耐えてよく頑張ったが、まったく感動はできなかった。いろいろな考えがアタマを巡る。ぐるぐる。

 山スキー、山サイクリング、トレッキングなど、自分が普段やっていることを「マウンテンスポーツ」であると私は考えがち。以前にちょっとばかりマラソンをやっていたことがあり、膝を痛めてそれ以降走れなくなった事がある。競技スポーツなら故障が発生したらその時点で競争中止ができる。競技でも競争でもないが、コレはスポーツなんかじゃない。山という場所ではいったん深く入り込めば、そのトラブルは深刻な結果をもたらさないとも限らない。奥多摩などは、近郊の山でありハイキングに毛の生えたような程度の登山ができるお手軽な印象を持ってしまうが、この時期行動不能の状態に陥れば凍死するには十分すぎるほど寒い。

 ある人が言っていた。「這ってでも下山する覚悟だか気力がなければ山には登れない」とか。まったくその通りだ。膝が痛いくらいで四の五の言ってられない。少なくとも自力で下山できなければ、今日を最後に山へは来られないぞ。腹が決まれば、行くだけだ。こんな時、ダブルポールはありがたい。人類であることを一時忘れよう。二足歩行は止めだ。ポールを最大長に延ばして二本の腕は前足になる。

 七ツ石小屋経由で鴨沢の登山道を降る。長い道に苦しみながらもどうにかMTBをデポした場所に戻り着く。自転車はモノであり、普段は道具の一つとしか思ってないが、この時ばかりは違った。会いたかった、ホントに。ケツにキスしてやっても良いくらいだ。この時点で行動開始から約14時間が経過。夜を徹しての山行はホントにシンドイ。ここからベースキャンプ、つまりクルマをデポした場所まで自力で戻らねばならない。けっこう遠い。が、やはりMTBは一番身体に馴染んだアイテムだった。予定ではこういう使い方するはずじゃなかったのだが。

 結果的に大失敗の山行となってしまった。こんな事になってしまって、相方であるとうさい氏には大変申し訳ない。だが敗退ではあるが大きな充実感もあった。やはり失敗から学ぶことは多い。膝を痛めたり板をギタギタにしてしまったりで、ずいぶんと高い授業料を払わされたが、良い勉強ができた。奥多摩とはいえ、やはり雪山は手強いのだ。白い魔物はドコにでも現れる。そもそも、あの程度のラッセルといえないような雪に負けて膝を壊しているようでは、私にはまだまだ雪山に登るだけの力量がないことが明らかだ。

 正直なところかなりヘコんでしまった。板はボロボロだし、自分もボロボロ。おのれの実力を知り、先々のことを考える。私の山スキーはまだ始まったばかりだし、少しずつ力を付けて行くつもりだ。少しずつでも確実に。やってみたいこと、行ってみたいところはいくらでもある。いま直ぐは無理でもそのうち必ず。
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by w_bunz | 2005-01-02 21:18 | 雪遊
2005年 01月 01日
初日の出ツアー【速報】
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by w_bunz | 2005-01-01 20:24 | 雪遊